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2013年6月13日 (木)

他力と自力の二分法

【復刻版日記2011年5月23日】他力本願なんて書いてしまったので、自力について広辞苑をひいてみた、じりきと読むのとじりょくと読むので結果が違うのでご注意下さい。

前回自虐と美化の二分法ってのやったから、今回は他力と自力の二分法で行こう。

じりきとは、自分の力で修行して悟りを得ようとすること。

とある、

自力救済(じりょくきゅうさい)

権利者が国家権力によらず、自力でその権利を実現すること。
民法は原則として、私力による権利擁護を認めないが、盗品を奪い返すことなどは許されているとある。

勿論自力があれば他力もある

自力教が自分の力で修行して真理を悟ることができるとする教えなら、他力教ってのは他力によって極楽往を求める教えとある。

他力本願ってのは元々阿弥陀仏の本願で、衆生がそれに頼って成仏を願う事ともある。

転じて、もっぱら他人の力をあてにする事らしい、

ついでに自助ってのもひいてみた、

1.自分で自分の身を助ける事。
 他人に依頼せず、っ自分の力で向上・発展を遂げること。

2.(法)自力救済の意。
     国家が自力で他国の違法行為に対し自己こ国際法上の権利を守ること。

とあった、が日本の政府は韓国が竹島に海洋基地を造ろうが、ロシアが択捉島にミサイル基地を造ろうが、中国が排他的経済水域ぎりぎりに油田を掘ろうが何もしないじゃないか、結局日本は政府自体が他力教だと言う事がわかるね。
今回尖閣諸島で日中首脳会談するって言うけど、尖閣諸島に迎賓館でも建てたら良いかも知れません。
尖閣諸島は日本の排他的経済水域にあり日本の固有の領土です、沖縄と一緒に米国から返還されたものです。

結局日本は他力教の科学教であると言う結果が出た、当然と言えば当然だが、国民が他力本願なら政府も他力本願になるのは自明の理である。

僕が日本人は自己殖民型であるという根拠もここにある、イソップの蝙蝠の様に西と東の間をさまよう、僕が日本は果たしてファーイーストなのかファーウェストなのかと言う理由である。
つまり、アメリカが落ち目になったら中国の自治領にでもなれば良いと思ってるんだろうと揶揄したくなる所以でもある。
結局何回も言う様だが、日本は東のナチュラリズム、西のヒューマニズムのいずれでもなく、その間に位置するホーリズム(聖俗未分離)だからなのだ、自分が無いと言う事が如何に近代文明にそぐわないかが判る。
僕はこれ等は全て和魂洋才の弊害であると言って憚らない人間だが、自力と他力の二分法で見ても、結局自力でしか回らないシステム(洋才)を他力(和魂)で回そうとするから上手く行かないのではないのか。

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