« 西洋のセオリー | トップページ | 霊に導かれ(柳田國男の誕生日を記念して) »

2013年6月15日 (土)

聖俗未分離なのか分裂症なのか

【復刻版日記2011年5月27日】ひょっとして、聖俗未分離の状態ってのは、精神科医或いは心理学者からみると、分裂症と同じ症状に見えるのかも知れないと今朝ふと思った。

てなわけで、今日は岸田さんの言うところの、「内的自己と外的自己」を少し内容に迄踏み込んで検証してみたい。

最初は彼の和魂洋才についての叙述を見てみよう、

「はじめに結論めいたことを言えば、日本国民は精神分裂病的である。しかし、発病の状態にまで至ったのはごく短期間であって、たいていの期間は、発病の手前の状態にとどまっている。だが、つねに分裂病的な内的葛藤の状態にあり、まだそれを決定的に解決しておらず、将来、再度の発病の危険がないとは言えない。現在は一応、寛解期にある。」

「和魂洋才とは外面と内面を使い分けるということである。これこそまさに精神分裂病質者が試みることである。あるいはこう言った方がよければ、ある危機的状況にあって、外面と内面との使いわけというこの防衛機制を用いることが、精神の分裂をもたらすのである。」

ここなんか、前々回に僕が、自分が蚊帳の外なら傷も付かない筈である、これはセルフプロテクションの為に傷がつかないように自分自信を消してしまったのじゃないかとすら思った、と書いた通りなのじゃないか。

これはどちらかと言うと本音と建前の使いわけに似ている、僕が何度も言うように、輸入の社会は建前であり、本音は依然として「世間」なのである。

「外的自己と内的自己とを使い分け、外的自己を危機的状況、脅威的外的に対処するための一時の仮面とするならば、内的自己は外的自己に対するコントロールを失い、そのうち、外的自己は内的自己の意思とは無関係に振舞いはじめ、その行動は自分ではなく他者によって決定されるかのように感じられてくる。つまり、内的自己から見れば、外的自己はむしろ敵の同盟者のようにうつる。他人が自分の内奥まで踏みこんでくるという被迫害感の起源はここにある。」

これなんかはまさに、今回の東電の二転三転四転すらした今回の塩水注水騒動である。
結局担当者は宰相の恫喝も、原子力安全委員会の進言も、本社との電話会議にも従わず無視して注水し続けたと言う茶番で終わった、あのヒステリアそのものである。

今回の3ヶ月後に次々とメルトダウンの告白をし始めた東電の姿は、僕は、追いつめられた女性が突然衝撃の告白をし始め、男を苦悩のどん底に突き落とすような自棄としか言いようの無いサディスティックな行為であると思うのと似ている。

そして、ついに発病に至るのであるが、

「対米英宣戦布告はまさしく精神分裂病の発病である。突然奇妙な行動をしはじめるとはたの者には見えるが、発狂した者の主観としては真剣なのであって、これまで無理やりにかぶせられていた偽りの自己の仮面をかなぐり捨て、真の自己に従って生きる決意をしたときが、すなわち発狂なのである。」

つまり、社会的な自分と本当の自分と言っても良いのかも知れない、まぁ自分があればの話だけど。

岸田さんの文章にオールオアナッシングという聖俗未分離の特徴が出て来るところが一箇所ある。

「日米の戦いは精神対物質の戦いであると言われた。日本の本当の戦争目的が現実的、合理的打算よりはむしろ、危うくされた自己同一性の回復という精神的なものにあったのだから、精神主義は必然のなりゆきであった。現実的、合理的打算が目的ならば、そもそも戦争をはじめなかったであろうし、たとえはじめてしまったとしても、もっと傷の浅いところで手を引くことができたであろう。交渉によって有利な条件で手を打つことができればいつでも戦争をやめるという態度はまるっきり欠けていた。ただひたすらに全面的勝利か玉砕かという小児的なオール・オア・ナッシングの原則に動かされていた。」

僕は今回の東電と政府の茶番劇的カオスが第二次世界大戦の集団ヒステリア的カオスと同じようなものだろうと推察しているのだが、そうすると矢張り原因は聖俗未分離のオールオアナン、一か八か、当たるも八卦当たらぬも八卦のホーリズムにあると確信している、と前回書いた通りである。

« 西洋のセオリー | トップページ | 霊に導かれ(柳田國男の誕生日を記念して) »

日本人」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1309252/52043486

この記事へのトラックバック一覧です: 聖俗未分離なのか分裂症なのか:

« 西洋のセオリー | トップページ | 霊に導かれ(柳田國男の誕生日を記念して) »