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2013年6月12日 (水)

正義について 

【復刻版日記2011年5月7日】昨日配信中に弁護士でフリーメイソンの兄を持つ日本在住のフィリピン人の女性が、「兄さんは負けてばかり」、「お金にならない」とぼやいていた、これこそが黒の物でも白と言わなくちゃならない弁護士の究極の選択なんだと思う。
彼女には「お兄さんが良い人の証拠だよ」と慰めたが、丁度正義について話題になっている時にタイムリーな話だった。

以前2ch上のステスレ(スティッカムのスレッド)で論破って言葉が流行った、その時僕は、論破の定義を、詭弁を弄して相手を煙に巻く事と言っていた、これこそ今暁の豚こと枝野弁護士が盛んに行っている事である。

これを必要悪と言ってしまえばそれまでだが、黒白の決着は常識では解決が出来ない良識の問題なので、正義すら相対化している日本で正常に機能するかどうか疑問である。

特に9/11以来正義の本場アメリカでさえ正義が揺らぎ、僕はこの正義の揺らぎこそがサンデル教授の受ける原因だと推測している位なのである。

日本ではこんな事は日常茶飯事に起きている、東電の隠蔽体質だって例外ではないのだ。

今もニュースは焼肉屋で生肉を提供して死者が出たという話題で持ちきりであるが、もともと生食用の肉等無い上に、肉の内側をそぐと無駄が出るので最後のトリミング処理をしていなかったと言う事実が判明した。
食肉業界はこういった類の事件が多いが、前にもミートホープ事件ってのがあったし、大会社の日本ハム、東急グループですら不正が明るみに出た事もある。

その時僕はこんな事を書いていた。

Aug. 14, '02 2011nen

これが先に書いた、感情が先か、真実が先かの問題なのである。こういう風に書くと、誰だって真実が先に来るに決まってるだろうと思うに違いない。然し乍らこれはどんな犠牲を払ってでも真実が先と言い切れるかの問題である。
これを程度の問題として解決するのか、しないのかの問題なのである。
これは「良識」が絶対なのか相対なのかの問題なのである。
例えば僕の女房が何かをしでかしてしまったとする、普段の日常の失敗等で女房が不当にアキューズされれば、詭弁を使ってでも限り無く庇うだろうが、法を犯す何かをしった場合、真実は曲げる訳には行かず悩みに悩み罪を償う事を勧めると思うからである。
家族を養わなければならないサラリーマンが折角上り詰めた地位にしがみつき、部下が売上を上げる為に止むを得ずしてしまった不正行為を知った時自ら進んでその事実を暴く勇気があるかどうかにも繋がる。ましてや自分が勝ち得た地位を守る為に不正行為という悪事に身を染めるという事だって充分に考えられる。
でも僕には出来ない相談である、大体僕は嘘を付けない人間であり、結局戦争に行っても人殺しは出来ないし、会社ぐるみの詐欺事件でも参加する事が出来ないからである。これを僕が弱いと言ってはそれまでだが、感情が先か真実が先かを考えた場合、僕の場合どんな犠牲を払おうとも真実が先に来るからである。
世渡りが下手、要領が悪い、融通が利かないと言ってしまうのは簡単だが、とてもじゃ無いが最後(良識を曲げる)迄は融通が利かないのである。それは僕が何よりも真実を大事にし、妥協を許さず、曖昧な解決法を望まないと言う事にあるのである。これは僕がクリスチャンであるからだけでは無いと思うが、自分のクリスチャニティーが大きく作用している事も事実である
つまり、慣れ合いの世界、例えば日本ハムの会長と食肉協同組合の理事長が同じ人間で、自分の会社の偽装を隠蔽する為に国の通告を無視し、立場を利用して無断で検査前に勝手に肉を焼却してしまうという様な事等考えられないし、自分がその現場に直面したらその時は会社を辞める時だからである。これは「戦争犯罪」で書いた、「仲間外れになるのが嫌だから殺人をした」という「村八分」を恐れるあまりの、「まあ、まあ」に代表される、「慣れ合い」、「事勿れ」を極力排除する事にある。
つまり、真実を曲げない迄もぼかす「まあまあ」の姿勢、真実を伝えようとする人間に「君も少しは大人になりなさい」と言う姿勢も、問題のある人間を責めず、正論を吐いている人間を世間に波風を立てたという事実だけで吊るし上げる姿勢も、日本独特の事勿れ主義、ひいては世間から仲間外れ、所謂村八分にあいたくないという事から来る弱腰の産物であり、世間におもねり迎合して罪の意識を背負う、或いは罪人になるより、僕は、弱い、要領が悪い、世渡りが下手、如何なる表現で誹謗されようとも、それにより仲間を失う事があっても真実のみを僕の伴侶として選ぶに違いない。

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