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2013年6月15日 (土)

自我が欠如すると

【復刻版日記2011年5月24日】日本人には自分が無いなんて書いたからちょっと調べてみた。

自我とは何ぞや、

自我     self(哲)認識・感情・意志・行為の主体を外界や他人と区別していう語。
        自我は、時間の経過や種々の変化を通して、自己同一的なものという意識を伴う。
        身体を含むという場合もある。他我・非我

        (心)イ. 意識や行動の主体をさす概念。

        イドの発する衝動を、外界の現実や良心の統制に従わせるような働きをする。
        パーソナリティー、または人格の側面。

イド      精神の奥底にある本能的エネルギーの源泉。
        快を求め、不快を避ける快楽原則に支配される。
        エス(es)ともいう。自我・超自我

快楽原則  不快を避けて快を求めようとする傾向。
        イドはこの原則に従う。<->現実原則

現実原則  現実生活に適応するため、快感を求める原始的本能的欲求を延期したり、永久に断念したりする         自我の働き。<->快楽原則

超自我    (superego)イド、自我と共に心を構成する要素の一。
        自我から分化発達し、あるべき行動基準によって、自我を観察し、欲動に対して禁止的態度をとる        もの。  

他我     自我に対する語。
        他人も自己同様我であるという意味で、他人の我を指す。

非我     我(または自我)でないもの。
        我の働きに直接属することなく、かえってその対象とし存立する世界・自然。

自我が欠如すると、イドの発する衝動を止める事が出来ず、快を求め、不快を避ける快楽原則に支配される。
自我が欠如すると、自我から分化発達する超自我も欠如し、自我を観察し、欲動に対して禁止的態度をとることが出来ない。

つまり日本人はひたすら現実原則を避け専ら快楽原則に則って生きていると言える。

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